2009.07.04 Saturday
試合の結果
先日あった散打のトーナメント試合について書きたいと思ったのですが、今回ほど試合の持つ意味を感じさせられたことはありませんでした。
何かが現れた。
そんな感じがした試合でした。
このブログでも以前書いたことがあるのですが、私は常日頃思うことのひとつに、会というのは分断された個人の集まりではなくて、ひとつの生き物のような感じがしてなりません。
ダメな時は結局それは、個人がダメという以上に、会そのものの働きに問題があるとも感じられるし、いい時には全体が輝いて見える。
今回の成績は軽量級優勝、中量級準優勝、重量級準優勝、女子優勝というものでした。
6人参加して4人が入賞したのはおめでとうと言いたくなります。
しかし、私はこれは偶然だとは思わないのです。
そして、また成績の善し悪しだけで喜んでいるのでなくて、私は今回の試合は試合に勝つという目的以上のものが、参加した選手の中にあったのを知っているからです。
よく聞く言葉で、『相手に勝つのではなくて、己に勝て』というのがあります。
今までの周流の試合では、相手に向かい合っているだけで精一杯だったこともあり、またもっと深いところでは、相手の気持ちの中に呑み込まれてしまっているところもありました。
しかし、今回はメンタルな部分でかなり努力しているのを知っていました。
そして、その結果が現れたと確信しています。
その努力は一度経験したなら、同じことを経験する必要のないもののような気がします。
それは今まで水が怖くて泳げなかった人が、みずの上に浮かぶ喜びを知ったかのような経験だったからです。
そのような目的意識を持って片時も揺るぎなかった選手の熱意が、周流全体に熱いものを感じさせました。
そして、その流れがこの試合の結果になったと思っています。
だから私は、この試合は成すべき結果のそのものだった気がして、試合の結果を心より嬉しく思うのです。
くも
[周流では京都市の右京区太秦にて太極拳、中国武術、気功、推手、武器術として杖術や短棒、その他、柔術、格闘技、スパーリングなどの武術の練習を行っています。](太極拳)(サイトマップ)(武術・格闘技教室)(柔術・杖術教室)(サイトマップ)(格闘技・スパーリング)(サイトマップ)(周流ホームページ)
何かが現れた。
そんな感じがした試合でした。
このブログでも以前書いたことがあるのですが、私は常日頃思うことのひとつに、会というのは分断された個人の集まりではなくて、ひとつの生き物のような感じがしてなりません。
ダメな時は結局それは、個人がダメという以上に、会そのものの働きに問題があるとも感じられるし、いい時には全体が輝いて見える。
今回の成績は軽量級優勝、中量級準優勝、重量級準優勝、女子優勝というものでした。
6人参加して4人が入賞したのはおめでとうと言いたくなります。
しかし、私はこれは偶然だとは思わないのです。
そして、また成績の善し悪しだけで喜んでいるのでなくて、私は今回の試合は試合に勝つという目的以上のものが、参加した選手の中にあったのを知っているからです。
よく聞く言葉で、『相手に勝つのではなくて、己に勝て』というのがあります。
今までの周流の試合では、相手に向かい合っているだけで精一杯だったこともあり、またもっと深いところでは、相手の気持ちの中に呑み込まれてしまっているところもありました。
しかし、今回はメンタルな部分でかなり努力しているのを知っていました。
そして、その結果が現れたと確信しています。
その努力は一度経験したなら、同じことを経験する必要のないもののような気がします。
それは今まで水が怖くて泳げなかった人が、みずの上に浮かぶ喜びを知ったかのような経験だったからです。
そのような目的意識を持って片時も揺るぎなかった選手の熱意が、周流全体に熱いものを感じさせました。
そして、その流れがこの試合の結果になったと思っています。
だから私は、この試合は成すべき結果のそのものだった気がして、試合の結果を心より嬉しく思うのです。
くも
[周流では京都市の右京区太秦にて太極拳、中国武術、気功、推手、武器術として杖術や短棒、その他、柔術、格闘技、スパーリングなどの武術の練習を行っています。](太極拳)(サイトマップ)(武術・格闘技教室)(柔術・杖術教室)(サイトマップ)(格闘技・スパーリング)(サイトマップ)(周流ホームページ)
