交流武術研究会 周流

周流についての情報は、交流武術研究会 周流 サイト http://shuryu.info/の「周流とは」「教室案内」をご覧頂ければと思います。それでは。 管理人 おのえ
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在り方

在り方

思いのままに書こうとすると、時により無責任なことを言ってしまいそうになります。
その辺のところは勘弁してもらいながらできるだけ素直に書いてみようと思います。

私はただひとつのことだけは真実があるように思うようになりました。
それは人に伝わるのは人でしかないと思うことです。

何を教えるのか、どのように教えるのかではなく、ただ人と人がそこに居て感応し合うだけのように感じます。
大人の中の子供も、子供そのものも、大人も結局はただ繋がっていくだけのような気がするのです。

それは何もしないというのではなく、何とか必死で一緒にして行くことなのかもしれないし、他に依存することなく、黙々と自分の志を遂行して行くことかもしれません。

私が犯した過ちは同じ目線に立てなかったこと。
同じ目線に立つということは、相手に合わせるということではなく、お互いを高めあうということではなかったのかと反省しているのです。

それはどこにあってもそうでないとダメな気がするのです。

私はいつしか自分の本来の目的よりも立場を優先して物事にあたろうとしていたのかと反省している次第です。

いや、言い訳がましいことを少しだけ言わせてもらえるなら、私は立場の上で物事にあたる姿勢にこそ真実があるとまで思ったことがありました。
立場とは役職です。

私個人は誰それよりも偉いわけでも人様に教えて本当にいいのかどうかまで分からぬ存在なのかもしれません。
ただ、教えるというのが私の立場でその立場(役職)で私はそれに責任を持って挑まなければならないと思っていました。

だからキツイことも時には言ったこともあったかもしれません。
何かをなすために責任を他に押し付けたこともあったかもしれません。

そうこうしながら、いつしか私は人を鍛える人になり、立場以上の存在になろうとしていたのかもしれません。

しかし、現実は何が生まれたと言うのでしょう。
便宜上伝わりやすいことはあったかもしれませんが、ものの本質は何ひとつ伝わらなかったのではないでしょうか?

それは私自身がその本質を見出せないでいたからに他ならないでしょう。
だから、私は私を仕切り直ししないといけないと本気で思うようになりました。

くも

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